東京高等裁判所 平成元年(行ケ)188号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第四号証(本願発明の公告公報)(以下「本願明細書」という。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、本願発明は右本願発明の要旨のとおりの構成からなり、いわゆる半導体集積回路における各素子(バーポーラトランジスタの構成素子を含む。)相互間の分離(絶縁)を良好にした半導体装置の製造方法に関すること、この種半導体集積回路における各素子相互間の分離のための技術の一つとして、絶縁されるべき素子を取り囲む半導体層の一部を酸化雰囲気中で熱処理して酸化絶縁物に変え、これを各素子相互間の分離手段として利用する方法が知られているが、この方法による場合、形成された酸化絶縁物の直下の半導体層の導電型が反転し、いわゆる導電チヤンネル(反転層)が形成されて各素子を電気的に接続させてしまう問題があり、この問題の解決のために、従来から、熱処理前に反転層の生成される半導体層と同一導電型の不純物を予め拡散しておくことによりその生成を防止する方法が採られてきたこと、しかし、この方法は不純物が拡散される層の不純物濃度を高めることにもなるから、該層と素子との分離耐圧を低下させないためには、反転層の生成防止のために必要最小限の不純物濃度(基板の不純物濃度よりもやや高い程度)にとどめる必要があり、また、絶縁酸化物側面への高不純物濃度領域の廻り込みに基づく各素子相互間の短絡を避ける等のためには拡散位置及び範囲の正確な制御も必要であるが、かかる精密な不純物の導入は従来技術である拡散による方法では困難であるとの欠点があつたこと、しかして、本願発明は、P形の基板上にN形の半導体層を形成するとともに、該N形半導体層の所定部分にP形領域を形成し該P形領域の特定部分にN形領域を形成してバイポーラトランジスタを形成する工程(因に、右N形半導体層がコレクタ領域に、同層中に形成されたP形領域がベース領域に、同領域中に形成されたN形領域がエミツタ領域に相当する。)を含む製造方法において、前記欠点の解消のために、不純物の導入を、従来の拡散による方法に代えてイオン注入法(不純物の荷電粒子を加速して半導体層に注入する方法)によることとしたもので、具体的には、N形半導体層の一部を酸化絶縁物に変えるための熱処理をする前に、酸化絶縁物の選択的形成のためにN形半導体層表面に設けられたマスク層の開孔部から、N形半導体層に対して、P形基板と同一導電型のP形不純物の荷電粒子を1013ないし1014/cm2の範囲でイオン注入しておくことにより、右注入不純物が、その後の熱処理に伴う拡散によつてP形基板の表面部分(なお、右熱処理によつてマスク層の開孔部の部分のN形半導体層はP形基板との界面まで酸化絶縁物に変わるため、右P形基板の表面部分はP形基板の酸化絶縁物との界面部分でもある。)に移動するように構成したものであることがそれぞれ認められる。
また、審決において本願発明と対比された第一引用例には、審決摘示(審決の理由の要点2(一))の記載があること、本願発明と第一引用例記載の発明との間に審決摘示(同3)のとおりの一致点及び相違点があり、かつ右相違点以外に格別の差異がないことは、当事者間に争いがないところである。
三 取消事由に対する判断
原告は、取消事由として、審決が、前記第一引用例との相違点に係る本願発明の構成(イオンの注入量を1013ないし1014/cm2の範囲とした点)を想到容易とした点の判断の誤りを主張するところ、その理由とする点は、要するに、審決が、右相違点に係る本願発明の構成の想到容易性を導くに際し、第二引用例記載のMOSトランジスタに関する実施例(第9ないし第16図)について示された1014/cm2というイオン注入量を根拠とした点につき、第一引用例記載の発明と右第二引用例記載の実施例とでは反転層の生成原因を全く異にするため、同実施例について示されたイオン注入量は第一引用例記載の場合への適用の基礎を欠くものであるのに、審決は、その点を看過して誤つた判断をしたというに尽きる。
1 そこで、右原告が理由とする点について検討する。
(一) 本願発明の目的、構成等及び第一引用例記載の方法が具体的なイオン注入量の明記がない点でのみ本願発明の方法と異なるものである点につき当事者間に争いがないことは前記二のとおりであり、第二引用例に審決摘示(審決の理由の要点2(二))のとおりの記載があることも当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第三号証によれば、第二引用例には、「本発明の目的は、活性剤の浸入により一部分だけドープした表面の少なくとも一領域で接する埋込酸化物パターンを有する構造を簡単な方法で得ることができ…る方法を得んとするにある。」((2)頁右上欄二行ないし六行)、「ドーピングを種々の既知方法、たとえば拡散又はこれを蒸着と組合せることにより実施することができる。極めて重要な好適例においては、ドーピングをイオン注入により行なう。」((3)頁右下欄一二行ないし一五行)、「本発明方法の極めて重要な好適例は半導体本体の島状領域を十分に包囲するリング状凹所を設け、少なくとも一個の半導体回路素子を完全に又は一部上記島状領域に設けることを特徴とする。…かかる好適例によつて得た構造を種々の方法で同じ半導体本体内の半導体回路素子の相互電気絶縁のために使用することができる。」((4)頁左上欄一〇行ないし二〇行)、「他の好適例においては、凹所の上記表面領域を半導体本体の隣接領域として同一導電形の活性剤でドープする。この表面領域はたとえば酸化物パターンの下に形成される場合のある反転チヤンネルを防止するのに役立つ。」(同頁右上欄一行ないし五行)との記載があるとともに、MOSトランジスタの構成(ソース領域22、ドレイン領域23、ゲート領域26)の示された第9ないし第16図に関し、「更にかかる装置は反転層を普通の作動条件で形成し得ないような高いドーピング濃度を有するp―形表面領域28を具える。この表面領域28はシリコン内に埋込んだ酸化ケイ素のパターン29と接する。ソース領域および/又はドレイン領域と、更に所要に応じて回路素子を設け得る半導体板の他の部分との間における不所望な電気接続の形成を領域28により回避する。」((6)頁左上欄一五行ないし右上欄三行)、「出発材料は1Ω・cmの固有抵抗を有する…配向p―形シリコン板21である。前述した例における如く、厚さ〇・一五μmの窒化ケイ素の層30と、厚さ〇・八μmの酸化ケイ素の層31とを既知のホトレジスト法で…矩形にして上記板上に設ける。かくして第11図の断面図に示す構造を得る。…次に上記マスクで被覆されていないシリコン領域を…イソプロハノール飽和溶液内で…腐食して約二μmの深さの凹所…を形成する。前述した例と同様にホウ素イオンを第12図の矢印方向に2×104eVで且つ1014イオン/cmの濃度で注入することにより、p―形表面領域28をマスク30、31の下に存在しないシリコン領域を得る(第12図参照)。次に酸化物31をHF水溶液で除去し、腐食により生じたシリコン板の凹所を乾燥酸素内で一〇分間、乾燥窒素内で一時間次いで九五℃で飽和した水蒸気内で一六時間一〇〇〇℃で加熱することにより酸化ケイ素29(第13図参照)でほぼ完全に埋め、全厚一・二μmの領域28を拡散により得る。」((6)頁右上欄七行ないし左下欄九行)との記載があることが認められる。以上によれば、前記第二引用例記載の実施例の方法は、半導体集積回路を構成する各素子を取り囲む半導体層の一部を酸化雰囲気中で熱処理して酸化絶縁物に変えることにより各素子相互間を分離する技術である点では、本願発明及び第一引用例記載の方法と同様であり、また、酸化絶縁物の直下の反転層生成を防止するための手段として、熱処理前に反転層の生成される半導体層と同一導電型の不純物をイオン注入法により予め注入しておく点でも変りはないが、本願発明及び第一引用例記載の場合と異なり、MOSトランジスタに関するものであることからイオン注入の段階でP形基板上にN形半導体層が形成されていない点、及びそのため、イオン注入は、本願発明及び第一引用例の場合のようにP形基板上のN形半導体層に対してなされるものではなく直接P形基板に対して注入されるものであることが明らかである。
(二) また、原告は、第二引用例記載の実施例においても、本願発明及び第一引用例記載の場合と同様、熱処理により形成された酸化絶縁物の直下に反転層が形成されるが、その生成原因は、本願発明及び第一引用例の場合の反転層がN形半導体層中の導電形決定不純物の再分布に起因するものであるのに対し、第二引用例記載の実施例においては、再分布不純物が由来するN形半導体層自体が存在しないから、本願発明及び第一引用例記載の場合のようにN形半導体層の導電型決定不純物の再分布によつて反転層が生成する余地はなく、この場合の反転層の生成原因は、酸化絶縁物の分極により、P形基板の右酸化絶縁物との界面部分に電子が静電誘導されるためであるとする説が有力であり、したがつて、本願発明及び第一引用例の場合におけるイオン注入量の決定条件の一つが、P形基板の上に設けられたN形半導体層中の導電形決定不純物の再分布によるN形への反転を防止し得る量以上ということになるのに対し、第二引用例記載の実施例のイオン注入量の決定条件は、酸化絶縁物の分極によりP形基板の右酸化絶縁物との界面部分に静電誘導される電子の量以上ということになる旨主張しており、この点は被告もこれを争わないところである。
(三) しかしながら、本願発明及び第一引用例記載の場合と第二引用例記載の実施例の場合とで反転層の生成原因が異なるとしても、前記(一)の認定事実によれば、両者は、いずれも、酸化絶縁物の形成に伴い、基板の酸化絶縁物との界面が本来の導電型と逆の導電型に反転し、絶縁されるべき各素子相互間に導電チヤンネルができて短絡することを防止することを目的として、予め、基板と同一導電型で、かつ導電型の反転を補償し得る程度の量の不純物を導入しておくことにより、反転層の生成を防止しようとするものである点で共通するものであり、前記認定のような反転層の生成原因及びイオン注入の対象となる半導体層の差異が、導電型の反転を補償するために具体的に必要とするイオン注入量に影響を及ぼす可能性はあるとしても、原告主張のように、そのこと故に両者が全く異なる技術となるものでないことはいうまでもない。またこの点に関し、原告は、二つの技術を組合せることができるか否かは、両技術の間の原理の共通性の有無いかんにかかつているとも主張しているが、本願発明及び第一引用例と第二引用例記載の実施例の技術が右に認定した点で共通するものである以上、両技術の原理は共通するものと認めるのが相当であり、右反転層の生成原因等に関する相違は、P形基板の不純物濃度等と同様、右技術を具体的に実施するうえでの前提条件の相違にとどまるものと認められるのであつて、この点に関し、別異の判断をすべき事情を認め得るような証拠もない。そして、これをイオン注入量との関係でみても、前掲甲第四号証によれば、本願明細書中には、導電型の反転を補償するために必要とするイオン注入量が反転層の生成原因の解析から算出されたものと認め得る記載はなく、かえつて、「我々の実験によれば、荷電粒子の注入量を増すと分離領域の分離耐圧は低下する。そこで例えば、P型基板として比抵抗一〇~二〇―Ω・cmのものを使用した場合、分離耐圧を下げずに、チヤンネル層の発生が防止できる荷電粒子の注入量は、ボロンの荷電粒子を使つた場合1×1013~1×1014/cm2であることがわかつた。」((3)頁右欄三九行ないし(4)頁左欄二行)との記載があることが認められることに徴すれば、本願発明の規定するイオン注入量が、分離領域の分離耐圧を低下させずに反転層の発生を防止し得る量を見出すという観点から、注入不純物の種類、P型基板の比抵抗(これが、その不純物濃度に依存するものであることは当事者間に争いがない。)等の具体的な条件との関係で実験的に見出されたものであることは明らかであり、また、このような場合のイオン注入量は、被告が主張するように、不純物を注入する半導体層の不純物濃度等の具体的条件との関係で実験的に見出すしかないものと考えられるから、反転層の生成原因の点はともかくとして、前記認定のとおり、反転層の生成防止のための技術として共通するものと認められる第二引用例記載の実施例に関して開示されたイオン注入量を参照することは当業者のごく自然に行うところと認められるところである。また、具体的なイオン注入量に対して前記生成原因の差異等が何らかの影響をもたらすとしても、第二引用例記載の実施例のイオン注入量は結果的にではあつても本願発明の規定範囲内にあることに照らしても、その影響はあくまで可能性の域にとどまるというほかなく、もとより、この点で重大な差異が生ずることを確認するに足りる証拠もない。そうであれば、審決が、第一引用例との相違点に係る本願発明の構成の想到容易性を肯定するに際し、第二引用例を参酌したこと自体を誤りとすることはできない。
2 そして、本願発明が規定するイオン注入量は、前項(三)で摘示した本願明細書の記載からも明らかなように、発明の詳細な説明の項においては、注入不純物としてボロンを用い、基板として一〇~二〇Ω・cm、したがつて、これに対応する不純物濃度のものを用いた場合に適切な数値範囲であるとされているものであり、これらの前提条件が異なれば(例えば、前掲甲第四号証によれば、発明の詳細な説明の項には、注入不純物の種類として、ボロンの他にもインジウム、ガリウム等が挙げられていることが認められる。)その数値範囲も異なり得るものであることはその記載自体からも窺われるところ、前掲甲第四号証に徴すれば、本願明細書の特許請求の範囲には、それらの前提条件を何ら限定することなく、右数値範囲をそのまま特許請求の範囲に記載しているものであることが認められることに照らせば、本願発明が規定するイオン注入量の数値範囲に厳密な意味での数値限定としての意義を認めることはできず、もとより、右規定の数値範囲にいわゆる臨界的な意義を認め得るような記載を本願明細書中に見出すこともできない(右証拠によれば、本願発明の詳細な説明の項においても、イオン注入量を1×1013~1×1014/cm2の範囲とした理由としては、前記1(三)摘示の記載のほかには、「注入されたボロンが酸化工程で吸出される量、及びN形シリコン単結晶からはき出されるN形不純物の量を補償するために必要最小量が決定される。」((4)頁左欄三行ないし六行)等の注入量決定の基準となすべき事情が記載されているのみであることが認められる。)。そうであれば、本願発明のイオン注入量に関する構成に、適切なイオン注入量決定の目安を示したものという以上の技術的意義を認めることは困難であり、そうである以上、該数値範囲は、当業者において第二引用例の記載を参酌すること等により格別の困難を伴うことなく容易に採用し得るとした審決の判断は、結論としても誤りはなく、結局、原告主張の取消事由は理由がないものというほかない。
四 よつて、原告の本訴請求を失当として棄却する。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
P形半導体基板の主表面にN形半導体層を形成する工程、前記N形半導体層の表面にマスク層を形成し、開孔部を設ける工程、前記開孔部から前記N形半導体層にP形を決定する不純物元素の荷電粒子を1×1013~1×1014/cm2の範囲で注入する工程、前記荷電粒子の注入部分を含む、前記N形半導体層の前記開孔部の設けられた部分を、酸化雰囲気中で、熱処理し、前記P形半導体基板の表面あるいはその表面に対応する深さまで酸化絶縁物に変え、前記表面あるいは前記表面に対応する深さの部分のみに前記P形半導体基板より高不純物濃度を有するP形半導体層を形成する工程、前記N形半導体層の所定部分にP形領域を形成し、このP形領域の特定部分にN形領域を形成してバイポーラトランジスタを形成する工程を含む半導体装置の製造方法(別紙図面(一)参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
図面(三)
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